福岡町大字中福岡


発見日:‎2016‎年10‎月‎13日
発見場所:ふじみ野市福岡三丁目付近

始めに断っておくと、大字中福岡は現在もふじみ野市に存在する地名である。旧町村名が付いてるのと、後に述べる理由により、ぎりぎり旧地名の基準を満たしているとみなし紹介する。ちなみに前に紹介した福岡町大字福岡新田の大字福岡新田も現存地名である。

ふじみ野市上福岡市大井町が合併してできた市であるが、その上福岡市の元となった福岡村は、1889年(明治22年)に(旧)福岡村、中福岡村、福岡新田、駒林村、川崎村が合併してできた村である。このうち(旧)福岡村は、ここでの議論を参考にすると、元々は新河岸川に臨む台地に本村があり、のちに川の下流方向(東)に進出、下福岡と呼ばれるようになった。また、南には新しく開発された福岡新田が成立し、その後さらに、それらの間に中福岡村が成立する。そして元の福岡村の本村は、中福岡、下福岡との連想から、上福岡と呼ばれるようになった。

つまり中福岡村は福岡村本村、福岡村下福岡、福岡新田に挟まれた位置にあったことがわかる。しかし、その境界は入り組んでおり、どこまでがどの村かはあまり明確でない。

今回大字中福岡を発見した場所は、福岡村の本村があったとされる𡋽(はけ)地区である。したがって、本来は大字福岡であるはずなのだが、境界が入り組んでいるために、中福岡が紛れ込んだのであろう。(実際、近くで大字福岡も見つけている。)

ところでこの𡋽であるが、珍しい漢字が使われている地名として、しばしば取り上げられる。地区を表す通称地名だと思われるが、現在は自治会名などに残されているようだ。

現在、大字中福岡はそのほとんどの地域で住居表示実施または町名地番変更が行われ、新しい町名がつけられている。しかし、川沿いの一部の区域にだけ大字中福岡が残っている。これは大字福岡、大字福岡新田も同様で、本来の村の中心部はほとんどが新しい町名となっており、大字は端っこに追いやられている。特に中福岡は町名にも名前が引き継がれておらず(福岡は福岡一〜三丁目、福岡新田は新田一・二丁目として残っている)、不遇な扱いとなっている。今回この地名を紹介することにしたのもそういう理由からである。